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 庶民、と創価学会及び公明党の方々は良く仰る。『庶民』の人々の暮らしがどうの、『庶民』の税金がどうの、『庶民』『庶民』『庶民』・・・。
 これだけ連呼されると『庶民』て誰ですか?と聞きたくなる。少なくともそこに障害者は混ざっていないのだろう。あの法案に賛成したのだから。

 辞書によれば庶民とは、

 世間一般の人々。特別な地位・財産などのない普通の人々。

 の事を指す。しかし今のご時勢これをそのまま当てはめて良いものか疑問に思うのは私だけだろうか。『特別な地位』というのは主に血脈の事らしく、昔の貴族などが該当するらしい。と、いうことは今の企業の社長などでも全て『庶民』となるのでは?
 現在『庶民』と呼ばれる人々に会社役員は入っているのだろうか。入っていないとすればこの辞書とは別の解釈がまかり通っているんだろう。

 世間一般の、低所得層の人々。

 こうした方が公明党が年始に連呼していた『庶民』にしっくり当てはまるのではないだろうか?
 ちなみに自民党はあまり『庶民』という言葉を使わず『国民』と表現する事が多い。何故なら『庶民』という呼び名は蔑称に当たると指摘されることがあるからだ。もし上記の解釈が正しいならそれも然りだろう。それなら何故、~万円以下所得層という括りをしないのか常々疑問だが、あやふやなのが政治家、断言してはまずいのだろう。


 『庶民』と呼ばれるとき、そこに人権は存在しない。ただのヒエラルキーがそこにはある。
 私には自分が庶民だという強い自覚は無い。それ故に、力に対して別段欲求は無い。しかし創価学会員は庶民の自覚が強く、権力財力に強い羨望を向けている。その劣等感は学会員の特徴でもある。

 羨ましいんだろう!と学会員は非学会員に言うが、それは己の痛ましい劣等感の裏返しにしか見えない。
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2007.01.16 /
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